【三宅島】 噴火の脅威

2006年の夏の話です。


東京にも離島はたくさんあります。
伊豆諸島と小笠原諸島
せっかく東京にいるのだから、東京の離島もたくさん訪れたいと思っています。
海は沖縄にはかなわないけど、素朴な雰囲気がいいんです!



その中で訪問が困難だった島があります。それは三宅島。



三宅島は、東京の南約180kmに位置する火山島で、
自然に恵まれ、緑が多く、バードウォッチングや釣りスポットが数多くあります。
しかし2000年の噴火と、以降も引き続いた火山ガスの噴出により、
全島民が島外避難となってしまいました。
2005年2月、5年ぶりに避難指示は解除され島民は島に戻り、生活を再開しています。
さらに同年5月には観光客の受け入れも再開されました。
そしてついに先日の2008年4月26日に約7年半ぶりに閉鎖されていた空港が再開されたのです。



私が行った時は飛行機は飛んでいなかったので、フェリーでの訪問となりました。
空港再開のニュースを聞いて、三宅島の記事を書こうと思いました。



最初に三宅島に降り立った瞬間に感じたこと、
それは、噴火の恐ろしさ、そして火山ガスの脅威です。
島内は復興に向けた工事が進んでいますが、一方で生々しい噴火の爪あとが各地に残っているのです。





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東京の竹芝桟橋から三宅島~御蔵島八丈島を結んでいるフェリーです。






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島に降り立った瞬間に感じる火山ガスの臭い。
そしてあらゆるものが火山ガスの影響で錆びているのが衝撃的でした。






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三宅島にそびえる「雄山」。これが今でも活動を続けている火山です。






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風向きにより火山ガスが流れて来やすい場所は高濃度地区として指定され、
車での通行は許可されていますが、観光などは原則禁止されています。






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これは高濃度地区の集落ですが、人はもちろん住んでいません。
廃屋になってしまった家もあります。
後方の山肌を見ると枯れている木がありますが、これも火山ガスの影響です。






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島民は何年も前に帰島して生活をしているにも関わらず、
三宅島空港は高濃度地区内に位置しているため、長い間閉鎖され続けました。
当時は錆びだらけの姿でした。
今はどうなっているのでしょうか?






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これは1983年の噴火で流出した溶岩に飲み込まれた阿古集落。
この溶岩の下には約400戸の民家が埋没しているとのこと。
噴火の恐ろしさを実感しました。
この時は幸いにも人的被害はなかったようです。






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一番衝撃だったのは、同じ阿古地区にある阿古小中学校跡。
1983年の噴火で被災して、当時のままの状態で残っています。

下の写真は体育館ですが、内部にまで溶岩が入り込んでいます。
流れくる溶岩の前には大きな建物でもひとたまりもないのですね。
自然の凄まじさは計り知れないものがあります。



まだまだ爪痕の残る三宅島ですが、
2005年から観光客の受け入れも開始して、
さらに飛行機が再開されたとなれば、島も活気付くのではないでしょうか?

珍しい鳥が多くバードウォッチングがさかんで、
ダイビングでは数年間島が閉鎖状態だったため、荒らされていない海を楽しめるそうです。
釣りも同じことが言えます。

また訪問してみたい島です。